僕が失ったものは

朝6時すぎ、モーニング・サファリ・ドライブに向かう途中、ビリーさんが急に車を止めました。10メートル程バックをさせて、ランドローバーの運転席から降りた彼は、黄土色の地面を指差して静かにこう言ったのです。

「ハイエナの足跡だよ」

確かにそこには、車のタイヤの跡に重なるようにして、獣の足跡がくっきりと残っていました。爪の跡、肉球の数など、ライオンの足跡との違いや、鮮明さや砂の風化の状態から、それが何時つけられたのかも分かると教えてくれました。しかし、何よりも驚いたことは、あのスピードで車を走らせながら、幅が4cmにも満たない小さな足跡を彼が見つけたことでした。

ビリーさんは、国立公園公式認定ワイルドライフガイド、そしてOne Planet Cafe ザンビアの共同設立者でもあります。彼が視力検査をしたら、両目とも2.0以上あるに違いありません。 でも、単に細かい文字が読めるだけではありません。自然環境全体を把握して、そのわずかな変化にも気がつける能力が凄いのです。また、エシカル・ガイドとも呼ばれ、野生生物たちを保護するためのあやゆる約束事を遵守して、自然を愛し、野生動物を愛し、彼らがいかに危険であるかを理解し、恐れ、敬っているのです。

「もし万が一、万が一、ブッシュを歩いている時にゾウに遭遇してしまうようなことがあったら、冷静になること。そして周りを見渡し、木の陰などに隠れること」。

そうすることで、視力が弱いゾウに人と木の識別ができなくなるとのことでした。

遥か昔、僕の祖先がこのアフリカで生まれたであろうことに思いを巡らせました。その頃、先祖の肌の色は木や土と同じ色をしていたのかもしれません。褐色の肌は自然の中に溶け込み、野生動物から見えづらくなり、彼らから身を守ることができたのでしょう。ところが、僕たちが動物たちの住みにくい世界を作り上げたとたんに彼らは絶滅し、僕からは野生の感覚と肌の色素が失われてしまった。そんな気がするのです。

このエンフエ村にもいずれ大きな開発の波が押し寄せてくるのでしょう。開発は止められません。それは、かつて石器の暮らしを送っていた人々が、鉄器を使いこなす人々に一掃されてしまったように。ならば、善い開発をするしかありません。星空を失わず、野生動物たちといつまでも共に暮らせるような開発を。

野生を失った先進国の人々は、その代わりにサステイナブル(持続可能)な生き方のノウハウを備え始めているのではないでしょうか。アフリカはそんなあなたの知恵と、一歩踏み出す少しの勇気を必要としています。

ビリーさんがゾウのことを教えてくれたように、僕が彼に教えられることは何なのでしょうか?思いを巡らせます。

IMG_8145 Billy Nkhoma(ビリー・エンコマ)

株式会社ワン・プラネット・カフェ Director / 取締役


アフリカ・マラウィ出身、ザンビアのサウス・ルアングア(South Luangwa)国立公園の村に住む。One Planet Café ザンビア 共同設立者・代表。バナナペーパープロジェクトのヘッドマネジャー。国立公園公式認定ワイルドライフガイドとして、現地を訪れる観光客や研究者向けに、サウス・ルアングアの素晴らしい野生動物や自然を案内する。トレードマークは、いつも元気な笑い声と前向きな行動力。口ぐせは「It’s very much possible(もちろんとても可能)!」
(※プロフィール文はワン・プラネット・カフェホームページより引用)